
線状降水帯とスタジオビーガン/S.A.(エチカ福島)
大皿に盛られた料理はどれも光っていて、一目でおいしいのがわかった。
スタジオビーガンは、水俣にあるケータリングを中心した料理屋さんで、ビーガン料理を提供するお店だ。若いご夫婦で経営している。以前は店舗でのレストランを経営していたとのことだが、時間に追われる生活から抜け出し、自分たちのペースで生活するためにこの形態にしたとのこと。
なぜビーガンなのかといえば、様々な理由で食べ物に制限がある人でもいっしょに楽しめる料理を求めてビーガンにたどりついた、という。ご夫婦自身はお肉も魚も食べるそうで、ビーガン主義者ではないそうだ。つまり、おもてなしとしてのビーガン料理である。シェフは本日の料理の食材や調理法を丁寧に説明してくれた。
ビーガンであれ何であれ、料理はおいしくあってほしいものだが、並べてある料理は、どれも顔が緩んでしまうほどの予想以上のおいしさだった。優しさと楽しさ、奥ゆかしさと華やかさが並立している。
油断すると涙ぐむほどに染み入る。
ビーガンなのにおいしいのか、ビーガンだからおいしいのかを考えるのは後回しにして今は料理を楽しもう。
この料理が、このご夫婦の生き方に重なる。削ぎ落してこそ、際立つものがある。こんな風に人生を歩んでいる方々に出会うととても焦る。
自分はいつになったらそうなれるのだろうか、削ぎ落す勇気を持てるのだろうかとじりじりしてしまう。

この夜は、最終日である。最後の晩餐がスタジオビーガン。水俣訪問プログラムの真骨頂と思えた。脱帽である。
この最終日2025年8月11日も、貴重な一日だった。この一日があって本当によかったと思う。
というのは昨晩まで最終日プログラム全キャンセルの危機にさらされていたからだ。水俣についてから断続的に降っていた雨は次第に強くなり、熊本のいくつかの地域は豪雨に襲われ被害が拡大していた。高速道路も新幹線も不通が続けば、予定日に福岡空港には行きつくことができない。テレビから聞こえる線状降水帯という言葉に不安が煽られる。
昨晩の段階で、翌日、つまりプログラム最終日の鹿児島空港発なら羽田まで行くことができるという情報。
さあ、どうしようか。
一日前倒しの出発は、最終日プログラムの全キャンセルを意味する。それでも帰路に就くべきかどうか、真剣に検討しなければならない事態となったのだ。
堂々巡りの話し合いに疲れて、文字通り天に運を任せ、最終日も水俣に残ることにした。プログラム決行である。
豪雨の影響で石井雅臣さんが水俣に来ることができず、そのコマだけは中止となってしまったが、梅田卓治さん浜口さんの公害サークルのお話、最終コマの緒方正人さん宅への訪問、そして最後の晩餐は決行できると、コーディネータの熊本大学石原先生が力強く返答された。
最終コマ、正人さんとの重厚な時間を終え、緊張から解かれ、まるで生まれ変わったような清々しさで正人さんのお宅の玄関を出ると、女島の海に日が差していた。4日目にして初めて晴れた神々しいまでにきれいな不知火海だった。いつの間にか交通網も復旧。結局、あす予定通り帰れる。何かに導かれたような、弄ばれたような、不思議な最終日だった。
でも、不思議なのは、最終日だけじゃなかった。
この水俣巡検は、最初から最後まで、なんだか不思議で浮世離れした旅だったのだ。
Writer S.A. (Primary School Teacher in Fukushima)
ライター/エチカ福島 S.A.(福島県公立小学校教諭)
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