
小学校とシラス茶漬け/S.A.(エチカ福島)
2025年8月11日、公害サークルの梅田卓治さん・浜口尚子さんの話を聞いた。お二人は、元小学校の教師だ。
3.11後、僕は小学校の同僚にずっと不満だった。エチカのイベントはもちろんだが、関連のイベント等で高校教師はいても小学校教師の姿を見ることがないからだ。
これまで、応えてくれそうな同僚をエチカ・イベントに声をかけたりしたのだが、手応えはなかった。小学校教師は問題意識が低いのだろうか行動力がないのだろうかとあきらめ、やがて誘うこともしなくなった。
優秀な教師はたくさんいる、授業の上手な教師もいる。でも彼らの、その力の使い方は僕が期待する方向とは少し違うようだった。
昔は多くの小学校に、水俣の梅田さん、浜口さんのような教師がいた。常に批判的精神をもって簡単にはなびかない先生だ。それが、教師の持つべき資質だとさえ思せる空気があった。
梅田さん、浜口さんの実践は、小学校だけに、その苦労や大変さが自分なりに想像ができる。でも、それだけに、つらい時間でもあった。同僚への批判がブーメランとなって自分に返ってくるからだ。福島で何もしていない自分を改めて突き付けられるからだ。
人を批判できるほど、僕は何か行動をしたのか?
何かを成し遂げたのか?
たしかに、3.11は、学校や教師が抱えるには事態が大きすぎた。それでも、もっとできることはあったのではないか。思考停止には陥らないようにするので精いっぱいだったのではないか。
水俣第二小学校の校歌の歌詞にはチッソを称える歌詞が盛り込まれていたという。
小学校の本質を突くエピソードだと思う。
義務教育たる小学校は、常にスポンサーの恣意に組み込まれる。当時、自分がその学校の教師であったのなら、児童といっしょに元気にその校歌を歌っていたのだろうか。
午前中のコマが終わり、昼食時間となった。
お茶の生産販売をしている松本さんが紹介され、お茶を振舞ってくれる。適温で淹れた茶が甘い。お茶漬けにするのはもったいないのではないかと思うほど薫り高い。
そこに、準備された茶器や茶碗、炊飯器、そして真っ白で大振りでふっくらと炊けている新鮮なシラス。これは、矢内さんのつくったシラスだという。そして、シラス茶漬けは、母親である矢内えい子さんの好んだ食べ方であるという。
なんという趣向。なんという贅沢。淹れたてのお茶と炊き立てのご飯でシラス茶漬け。さらさらっと掻き込む。
お茶漬けってこんなにおいしんだっけ!
シラスってこんなにおいしんだっけ!
余計な味がしない。
交流コーディネータの食に対する思いが、ド直球でストライクのシラス茶漬け。水俣で頂いた食べ物はなぜにこんなにもおいしいのか。
愛隣館で購入した醤油もまさにそうであった。お土産に買って福島に戻ってから使ってみたが、まさに余計な味がしないまっすぐな醤油の味だった。
水俣のおいしい料理に、水俣が経験した苦悩がどれだけ影響しているのか、安易に関係づけることは避けよう。この旅で知ったことは、水俣は食材の宝庫だということ。
海だけでなく、山の幸も豊かだった。
この豊かな森が豊かな海をつくるのだ。おいしい料理は、豊かな自然とそれに真摯に向き合う生産者・料理人との共作である。
Writer S.A. (Primary School Teacher in Fukushima)
ライター/エチカ福島 S.A.(福島県公立小学校教諭)
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